2014年9月5日金曜日

蘇峰生(徳富蘇峰)「流言飛語」

蘇峰生(徳富蘇峰
流言飛語は、専制政治の遺物。支那、朝鮮に従来有り触れたる事也。蝙蝠(こうもり)は暗黒界に縦横す。吾人は青天白日に、蝙蝠の飛翔するを見ず。
公明正大なる政治の下には所謂(いわゆ)る処士横議はあり、所謂る街頭の輿論はあり。然(しか)も決して流言飛語を逞ふせんとするも、四囲の情態が、之を相手とする者なければ也。
今次の震災火災に際して、それと匹す可き一災は、流言飛語災であつた。天災は如何ともす可らず。然も流言飛語は、決して天災と云ふ可らず。吾人は如上の二災に、更らに後の一災を加へ来りたるを、我が帝国の為めに遺憾とす。
吾人は震災火災の最中に出て来りたる山本内閣に向て、直接に流言飛語の責任を問はんとする者でない。併し斯(かか)る流言飛語―即ち朝鮮人大陰謀―の社会の人心をかく乱したる結果の激甚なるを見れば残念ながら我が政治の公明正大と云ふ点に於て、未だ不完全であるを立証したるものとして、また赤面せざらんとするも能はず。
既往は咎めても詮なし。せめて今後は我が政治の一切を硝子板の中に措く如く、明々白々たらしめよ。陰謀や、秘策にて、仕事をするは、旧式の政治たるを知らずや。

(「国民新聞」1923年9月29日付、『朝鮮人虐殺関連史料』緑蔭書房、2004年)