そこへ一人の書生が帰つてきた。
『さァ大変だ。田端は放火線に入つちゃつた。』
と、云って居る処へ、どやどやと家の若い連中が帰つて来た。そしててんでが日本刀だの、大きな樫の木の太刀だのを持ち出し、書生は白い鉢巻など締めて居ました。
『放火区域と云ふことがどうして知れるのです』
と、私が尋ねますと、
『奴等にはちやんと暗合が有つて、昼の間にその印をつけて行くのです。⃝にトの印は爆弾投下、□にトは井戸水に毒を入れることです。ここには⃝にトの印がついていますから』
と、白い鉢巻をして居た男がこう云つた。これから、四人の男が、家の周囲をぐるぐる廻はつて警戒しはじめた。もう、あたりは殺気立つて、どこかで、ワツ、ワツと鬨(とき)の声を上げて居るのが聞える。それで湯島から来て居られる末の嬢さんなどは恐はがつて、ワイワイ泣かれる。それを女二人が無理に寝かしつけて居る処へ、表から町の救護団員が走って来た。
『佐々木さん。皆出て下さい。奴等が五十人乗り込んだ相ですから…』
この声で、裏だの、横手に居た家の連中が帰つて来た。
『さァ面白くなった。留守を願いますぜ』
と、奥田君迄でが年甲斐もなく後鉢巻なんかして、長い日本刀を差して出て行つた。もう来次第に皆殺しにすると云ふ。恐ろしい馬鹿な考へに皆が気をいらだたして居るのです。
(吉村藤舟『幻滅 関東震災記』泰山書房仮事務所、1923年11月)
解説◎
作家の吉村藤舟[1884 - 1942年]が田端の知人の家で9月3日に経験した話。当時の人々がいかに幻想的な流言を信じ込んでしまっていたかよく分かる。