2014年10月1日水曜日

寺田寅彦(物理学者、随筆家)


九月二日 曇
(略)
帰宅してみたら焼け出された浅草の親戚のものが十三人避難して来ていた。いずれも何一つ持出すひまもなく、昨夜上野公園で露宿していたら巡査が来て○○人の放火者が徘徊するから注意しろと云ったそうだ。井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえて来る。こんな場末の町へまでも荒して歩くためには一体何千キロの毒薬、何万キロの爆弾が入(い)るであろうか、そういう目の子勘定だけからでも自分にはその話は信ぜられなかった。

(寺田寅彦「震災日記より」青空文庫)

解説◎
寺田寅彦[1878 - 1935年]は物理学者だが、夏目漱石に師事して多くの随筆を書き残した名文家としても知られる。「震災日記より」の全文はこちらで読むことができる→