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2014年9月12日金曜日

東京酷熱百五十度【震災直後のデマ記事◉怪現象編】


東京酷熱百五十度  |  名古屋新聞第2号外9月4日付



本文は「東京は目下華氏百五十度の熱度にて避難民は到底此苦熱に堪へず死亡する者数知れずと」。華氏150度というと摂氏65度! ないない。




新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

2014年9月11日木曜日

名古屋も全滅?【震災直後のデマ記事◉被害誤報編】

名古屋も全滅?/詳細いまだ不明  |  小樽新聞第3号外9月3日付




もちろん誤報。


新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

品川も海嘯で全滅 【震災直後のデマ記事◉津波編】


品川も海嘯で全滅  |  大阪毎日新聞第2号外9月2日付



誤報です。品川に津波は来ませんでした。

新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

大地震の原因は槍ヶ嶽の爆発【震災直後のデマ記事◉噴火編】


大地震の原因は槍ヶ嶽の爆発  小樽新聞号外9月2日付




「大地震の原因は日本アルプスの槍ヶ嶽の爆発と判明した」。断言してますねー。




新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

震源地は天城山/横浜全市海底に没して跡方なし【震災直後のデマ記事◉噴火編】

震源地は天城山/横浜全市海底に没して跡方なし  荘内新報号外第12報日付不明




横浜市沈没! 
さらに畏れ多くも本文には「遂に皇居延焼せるを確認」とも。もちろん誤報。



新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

地震に加えて海嘯襲来【震災直後のデマ記事◉津波編】


地震に加えて海嘯襲来  |  小樽新聞号外9月2日付



本文に「深川洲崎方面は全部海水と化し救援隊も手の下しやうなく海神の荒狂ふに任せつつあり」とありますが、誤報です。

地震と聞いて誰もが津波の心配をしたこと自体は無理からぬ話ではあります。ちなみに内務省『大正震災志』(1926年)のデマ記事例には、樺太日日新聞の「上野山下に津浪/物凄く渦まいて襲来/南無阿弥陀仏を唱ふる声天地に満ちて凄惨」という記事も載っています。なんと震災翌日の9月2日午後に上野を大津波が襲ったという談話記事です。「物凄く渦巻立てた大津浪が山麓へ襲来した。私は其時上野の山にゐたが上野山に避難した約百万の人は口々に一斉南無阿弥陀仏の名を唱へてゐる有様は実に悲惨極まるものであつた」そうです。



新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

伊豆大島沈下【震災直後のデマ記事◉伊豆諸島編】

伊豆大島沈下  |  軍港新聞第4号外9月4日付





この記事では伊豆大島だけが沈んでいますが、内務省『大正震災志』(1926年)には、
「小笠原伊豆諸島は全く消息皆無であるが海上視察者の談に依ると同所附近の一帯は海中に没し総ての島はなかったと」
という岩手新聞の虚報記事が紹介されていますね。


新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

市ヶ谷囚人解放【震災直後のデマ記事◉被害誤報編】

市ヶ谷囚人解放  |  京都日出新聞附録9月3日付






誤報です。刑務所で囚人を解放したのは横浜だけ。


新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

駅員三千五百名全部圧死/酸鼻を極めた東京駅 【震災直後のデマ記事◉被害誤報編】

丸ビルで数千人/印刷局で三千名/東京電気で六百名の人夫、職工即死す
駅員三千五百名全部圧死/酸鼻を極めた東京駅  |  小樽新聞9月4日



印刷局や東京電気は確認できませんが、丸ビルと東京駅は無傷でした。


新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

新島出現す/大島が見えない【震災直後のデマ記事◉伊豆諸島編】

新島出現す/大島が見えない  |  名古屋新聞第2号外9月6日付




千葉県警察が発表したそうです。ホントかなあ。伊豆大島は沈没して手前に新島が現れたと。なんで普通に大島が見えているだけと思わないんでしょうかね。


新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

二十余名圧死【震災直後のデマ記事◉訃報編】

高橋政友会総裁以下二十余名圧死  |  静岡民友新聞94日付



高橋総裁とは高橋是清のこと。誤報です。死んでません。
最近はアベノミクスとの類似で1930年代の高橋財政が言及されることも多いですが、1936年に二・二六事件で暗殺されるはるか前にメディアに殺されていたようですね。
ちなみに倒壊したはずの政友会本部では、この日以降も被災者支援策の議論が続いています。

新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より。

東京市は大豪雨/避難民は大狼狽死者続出す【震災直後のデマ記事◉怪現象編】

東京市は大豪雨/避難民は大狼狽死者続出す  |  福岡日日新聞第2号外日付不明



9月3日は確かに雨が降りましたが、死者続出は大げさ。どんだけ豪雨なんだよ。


新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

山本首相暗殺??【震災直後のデマ記事◉訃報編】


山本首相暗殺??  |  荘内新報号外第9報9月2日




もちろん誤報。朝鮮人暴動は言うに及ばず、その上、摂政宮(後の昭和天皇)が行方不明とまで。
しかし大見出しの「??」から始まって最後は「但し吾人は是等の報導の希くは嘘報ならん事を祈るものなり」ってそこまで自信ないなら書くなよなー。

震災の時は、これ以外にも、国民新聞社主の徳富蘇峰や安田財閥の安田善次郎などが、生きながら死亡記事を書かれてしまいました。

新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より

秩父連山大爆発/噴煙天に冲す【震災直後のデマ記事◉噴火編】

秩父連山大爆発/噴煙天に冲す  | 大阪毎日新聞第2号外9月2日付





大地震の原因もこれだと。
反骨とユーモアで知られるジャーナリストの宮武外骨は「火山脈でもない秩父山脈が噴火したといい、その噴煙が天に冲したとは無稽の妄説」と容赦ない。高崎方面からは秩父山脈の噴火に見えたので「あわて者の通信員が軽率に発信したのだろう」とも。


内務省『大正震災志』(1926年)で紹介されている「九月一日午前六時富士山爆発したるものの如し」(台湾日日新聞)の実物も紹介したかったけど、見つかりませんでした。ちなみに関東大震災の震源地の正解は「相模湾沖」です。現在の研究では「相模湾から房総半島におよぶ地域」が「震源域」とされていますね。




新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より


地震に加えて海嘯襲来【震災直後のデマ記事◉津波編】


地震に加えて海嘯襲来  |  小樽新聞号外9月2日付




本文に「深川洲崎方面は全部海水と化し救援隊も手の下しやうなく海神の荒狂ふに任せつつあり」とありますが、誤報です。


地震と聞いて誰もが津波の心配をしたこと自体は無理からぬ話ではあります。

ちなみに内務省『大正震災志』(1926年)のデマ記事例には、樺太日日新聞の「上野山下に津浪/物凄く渦まいて襲来/南無阿弥陀仏を唱ふる声天地に満ちて凄惨」という記事も載っています。
なんと震災翌日の9月2日午後に上野を大津波が襲ったという談話記事です。「物凄く渦巻立てた大津浪が山麓へ襲来した。私は其時上野の山にゐたが上野山に避難した約百万の人は口々に一斉南無阿弥陀仏の名を唱へてゐる有様は実に悲惨極まるものであつた」そうです。

松方正義【震災直後のデマ記事◉訃報編】

震災で負傷後遂に薨去した松方正義公  | 京都日出新聞日夕刊



「不幸今回の厄災に薨去を伝えられたは惜しみても尚余りある。享年89歳」と本文にありますが…誤報です。足をケガしただけ。略歴まで載せちゃって…。
「松方デフレ」という言葉は教科書で習った記憶がある人も多いのでは。首相も務めた人です。しかし翌年には本当に亡くなってしまいました。享年90歳。

新聞記事画像は新聞資料ライブラリー『シリーズその日の新聞 関東大震災(上)激震・関東大震災の日』(大空社、1992年)より